土色の街と、緑色のまち

「泉北コミュニティ」に連載されている、「せんぼく今と昔」は、ファンの多いコーナーだと思う。

最新号には、原山台小学校が取り上げられている。


▼原山台小学校は昭和49年(1974年)、原山台中学校と同時に開校したが、校舎はなんとかできたものの校庭はごらんの通り。堺市の学校建設の遅れで、府営住宅の入居にも支障が出ていた頃。

▼(今)花壇や植栽が整備され、雑草が芝生のように美しく刈り込まれた中庭。子どもたちの憩いの場となっている。左手前の校舎は、児童数の増加により増築された。(「泉北コミュニティ」2017年12月7日号


「せんぼくは緑あふれるまち」とよく言われるが、現在、堺市博物館で開かれている企画展「泉北丘陵~谷あいの村々とニュータウン~」で流れている映像を見ると、造成時はまったくの「茶色い街」であったことがよくわかる。

大きな面積を使った展示ではないけれど、あの映像を観に行くだけでも価値があると思う。(でも、もうちょっと大きな画面で流してくれれば、さらに良かったと思うんだけど…。20インチ少々しかなくて、なんだか可哀想でした。*'ω'*)

泉北コモンズ(仮)

「コモンズ」のコモンには、”顧問”と、”common(共有の/共同の)”を掛けています。 泉北に暮らす人たちの顧問'sになれるように、泉北に興味がある人たちの共有地(commons)になれるように、コモンの輪を少しずつ広げていきたいと思います。 あなたもよければ、泉北のまちの住民、応援住民、ふるさと住民、そして私たちの仲間になって下さいませんか? 2040年代の泉北は、自分たち/D!Yで創る

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